「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」
「また会ったね」「久しぶり」「奇遇だね、今度食事にでも」
人と人の関係を繋ぐ言葉は星の数ほど沢山ある。

けれど、別れの言葉ともなると数はかなり限られてくる。
もっとも代表的なもの、それは「さようなら」。

この、たった5文字で総てが終わる。

「バイバイ」でも「じゃあね」でもなく「お元気で」でも「ごきげんよう」でもない。
最も短い単語で繋がりをぶった切る、シンプルにして代表的な言葉。



あたしは今まで何度この言葉を使っただろう。
旅の道中いろんな人と出会い別れを繰り返してはきたけれど
、この言葉だけはあまり使ってはいなかったはず。

「それじゃあ、また」の後には、言葉にしない「会いましょう」が含まれる。
だけど「さようなら」にはそれがない。

だから、たったの5文字で未来への希望をばっさり断ち切る究極の言葉。





コトン、コトン。

乾いた木の床に響く音。

松葉杖が、ぶつかる音。

コトン、コトン、コトン。

使い慣れない松葉杖を持て余しているのが分かってしまう。

ゆっくりと近づいてくる人は、右半身に大怪我を負ってる。
ギプスと包帯、消毒薬の匂いがツンと鼻につく。僅かに混じる血の臭いも。

顔を見てしまったら決心が鈍る。
声を聞いてしまったら心が揺らぐ。

一度でも彼の温もりを感じてしまったら、もう、二度と言えなくなってしまう。

……だから、あたしは。




********************************




隣室にいたリナが、思いつめた気配を纏っているのを感じていた。
彼女がしていたのがオレとの別れ支度だということも、何となく分かっていた。

「一緒にいても幸せになれないの」

数日前、怪我からくる発熱と激痛で朦朧とした意識の中、確かに聞いたリナの嘆き。

今は俺に背を向けて窓の外を一心に見つめるふりをしながら、
内実こちらを気にしているのが手に取るように分かる。

今は思うように動けないけれど。

この怪我が治ったら、どんな手を使ったってまた隣を歩くと決めているから。

だから、最初から別れるだのなんだのと考えるだけ無駄だと言ってやりたい。

「なぁ、リンゴ剥いてくれないか?」

なんでもない風に声を掛けると、小さな背中がピクッと動いた。

振り返るリナの表情はあえて見ないまま。

近づいて。
手を伸ばして。
抱き寄せて。
力いっぱい抱きしめた。

「ガウリイ!?」

慌てた声が折れた肋骨に響いてジクジク痛むが、そんなのは大した事じゃない。
こんな痛み、耐えればいい。だろ?

いつか癒える傷ならば、この一時の苦痛に耐えることは苦にならない。
だけどな、お前さんと別れることになったら、生涯消えない苦痛になるって判ってくれよ。

ややあって、腕の中でゆるゆるとした小さな溜息が一つ聞こえて。
ゆっくりと顔を上げたリナは、唇を噛んだまま泣き笑いみたいな表情をしていた。

「もうちょっと待たせちまうけど」

回復するまで待っててくれよ、と、柔らかな髪を撫でて、旋毛の上に口付けを落とす。

「……明日には魔法医が到着するんだから、心配なんてしてないわよ」

強がった口ぶりと裏腹の、オレの服を掴む震える手。

この小さな手をとり続けられる喜びを、リナといられる幸福を、
今の彼女はきっと理解しきれはしないのだろうが。
オレにとっての生きる糧はリナだけなんだと一生賭けてでも証明してみせるさ。



さようなら。

そう告げられても認めなければいい話。

また会ったな。

笑って、何度でもお前さんに会いに行く。